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2020年度卒業式 学長式辞

今年の卒業式は、例年と違って、すでにキャンパスの桜が咲き始めております。私には、入学以来皆さんを見守ってきた桜が、コロナ禍で辛い1年間を過ごした皆さんの門出になんとか間に合うようにと、大急ぎで咲いてくれたかのように思えます。学位記を授与された1584名の皆さん、卒業おめでとうございます。皆さんの在学中における努力と熱意に心から敬意を表するとともに、明日へ向けて広がる夢と不安が同居する船出に応援のエールを贈りたいと思います。

昨年、本学の同窓会誌『東京経済』の編集人を長く務められた松田周三さんから、私が『私学経営』に寄稿した「東京経済大学の苦難の歴史と建学の精神『進一層』」についての感想とともに、以下のような内容を記したメールを受け取りました。

自分は、昭和42年卒ですから、北澤新次郎先生を学長に迎えてから10年の「大学らしい大学」へ向かっていく「高揚期」の晩期に在学していたことになります。校舎、設備はぼろぼろでしたが、「大学らしい大学」へ向かっていく「上り坂の精神」が学内に満ちていました。自分は、経済統計学の上杉正一郎先生のゼミでしたが、先生が卒業時に書いてくださった色紙の文言は、「積極的な人生を」でした。その言葉を励みに今日までやってきました。素晴らしい大学生活でした。感謝に堪えません。

振り返れば、私自身もまた40年近い大学教師生活のなかで卒業生を送り出すたびに、上杉正一郎先生と同様に、卒業生一人一人がそれぞれの道を積極的に歩んでいってほしいと願ってきました。

それでは皆さん、「積極的な人生」とはどのような人生でしょうか。このことを今日ここで、皆さんと一緒に考えることで皆さんに対する私からの「贈る言葉」にしたいと思います。

ちょうどこの卒業生式辞の構想を練り始めたころに、宮城県石巻で空き家の再生に取り組んでいる渡辺享子さんを取り上げた『朝日新聞』の特集記事が目にとまりました。「みんなが触らず、遠巻きに見ているような空き家は、あるだけだとネガティブ。でも自分たちで何かできるキャンパスだと思った瞬間にポジティブなものになる」という渡辺さんの主張を見た瞬間、私には「積極的な人生」のお手本のように思えました。

渡辺さんは、大学時代に旅行した欧州で、使えば使うほど価値が上がる不動産に関心を持ち、都市計画に関わりたいと東京工大の大学院へ進学します。在学中に東日本大震災が起き、研究室の仲間とボランティアで石巻を訪れたところ、ボランティアに来た若者の住む場所は不足する一方で、あり余る空き家があることに気がつきます。「古いものを活用すれば誰かの居場所を作れるのでは」という思いから、石巻への移住を決心します。2015年には合同会社「巻組」を設立し、買い手のつかない「絶望的条件の空き家」を、時にはほぼ無料で買い取り、最低限の改築を施してシェアハウスなどとして貸し出す事業に乗り出します。こうした物件を拠点に、大学生が参加するインターンシップや起業家支援なども行い、今や約35軒を100人以上に貸し出し、石巻に多くの人材を呼び込んでいます。

資産価値のない物件と、コロナ禍で仕事のなくなったアーティストを掛け合わせてプラスにするという渡辺さんの発想は実に素晴らしいと思います。特に、今までの価値観を転換させ、集まる人と地域との交流で生まれるコミュニティやクリエイティブさを発揮できる自由な空間こそが不動産に付加価値を生むという発想は若々しく斬新で、現在の日本が直面する閉塞感を突破するヒントになりうると私は考えています。皆さんもぜひ、渡辺さんの生き方から多くを学んでください。

続いて、本学の高名な教授であり、わたしが先輩研究者として敬愛してきた故今村仁司先生の生き方を皆さんに紹介したいと思います。

今村先生は65歳で亡くなられる半年前の2006年10月に、本学シンポジウムの基調講演「本を読むこと、生きること」のなかで、自分の人生を次のように回顧されています。

私の専門は社会哲学ですが、研究生活に入っておよそ40年になります。私の生活スタイルは研究室や書斎で古典と研究書をひらき、メモし、着想を小論文にまで引きのばし、あるいは著作の計画を練り上げることに尽きます。動きのない人生だったと思います。とはいえ、本とのつきあいのなかで、精神的には外見とは違ってかなりの動き、つまり精神の興奮を経験しました。その意味では、書物とのつきあいと出会いなしには私の人生はなかったといえます。とくに、50歳代後半ごろからは、本はもはや研究や論文を書くためのものではなくなり、まさに人生の友となりました。ゆっくりと時間をかけてヘーゲルやスピノザを読むこと自体が日々の生き甲斐になり、読むことと生きることが不可分一体となるような境地に達するようになりました。

皆さんは、このような今村先生の生き方、とくに晩年になってからの生き方をどのように思われますか。動きのない老人くさい生き方だと思う人もいるかもしれません。しかし、私は決してそうは思いません。今村先生はヘーゲルやスピノザ、さらには古代インド仏教の著者たちとの日々の対話を通じて、つねに新しい精神の方向を開拓し続けていたのでした。私から見ると、まるで修行僧のようでした。この意味において、今村先生は人生を「本を読む」という実践的行為に賭けたのであり、積極的な人生を生き抜いた人だと私には思えます。

私が紹介した二つの例を聞いて、このような高い基準からすると自分はとうてい積極的な人生を送れそうもない、と思っておられる方がいるかもしれません。しかし、それは違います。「積極的な人生」、「積極的な生き方」は実に多様であり、まさに人それぞれだと考えるからです。

皆さんの多くは、小学校から大学まで親の庇護のもとで教育を受ける立場でした。これからは、これまでに修得した知的・身体的財産を元に周りの人たちや社会に恩返しする立場に変わります。そのことを皆さんが自覚して、これまでと気持ちを180度切り替えて、親やきょうだいなど身近な人たちに「何かをしてあげる」、また皆さんが中心となって家族や周囲の人々の絆を強化する努力をする。そのような自分を想像してみてください。私はこのような自覚と身近な人たちへの気遣い、そしてそれを日々の生活の中で実行していくことは「積極的な生き方」の大きな第一歩となると考えています。

次に、皆さんを待ち受けている仕事について述べてみたいと思います。

私は、皆さんには「こういうことをして人の役に立ちたい」という気持ちをもって日々の仕事に真剣に向き合ってほしいと願っています。他人から言われて仕事をする、命令を待って動き出すのではなく、言われる前から率先して仕事に取り組んでください。自ら率先して仕事に取り組めるようになるための最良の方法は、「仕事を好きになる」ことです。どんな仕事であっても、好きになれば、全力で打ち込んでやれるようになります。そしてやり遂げれば大きな達成感と自信が生まれ、また次の目標へ挑戦する意欲が湧いてきます。その繰り返しのなかで、さらに仕事が好きになります。

私はこのような仕事に対する取り組み方も「積極的な人生」の重要な要素であり、私たち誰もが決心をすれば実行可能なものであると考えています。

私は昨年の卒業式の式辞でも、「大学とは社会の周辺にいるか細い声にも耳を澄まし、それを自分たちの課題として取り組む組織であり、本学は何よりもそのような大学でありたい。そしてそのことを決して忘れないでいてほしい」と述べました。皆さんが、他者の立場や境遇に思いを至らせ、配慮しうる人間へと成長する努力を不断に続けられることを願っています。どんな些細なことであっても皆さんができる範囲で社会の課題に取り組まれるならば、学長としてこれほど嬉しいことはありません。そして、そのような皆さんの行為は、皆さんと今一緒に考えている「積極的な人生」につながるものであると私は確信しています。

皆さんを送り出す私たちもまた皆さんと同様に、本学を真の意味で社会に貢献する大学へ発展させるための努力をつづけていくつもりでいます。その思いを広く社会に伝えるために、本年4月1日に東京経済大学SDGs宣言を公表します。以後、本学が取り組む活動についてはホームページ上にその都度公開してまいります。皆さんも、母校がどのような社会貢献をしているかを注意して見守っていてください。

最後に改めて、皆さんに私からの言葉をお贈りします。「どうか、それぞれの人生を積極的に生きてください。」

2021年3月23日  東京経済大学学長 岡本英男