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2025年度卒業式 学長式辞

学位記を授与された1,483名の皆さん、卒業おめでとうございます。キャンパスの桜の蕾が開き、あらゆる生命が輝きを増すこの春のよき日に卒業式を迎え、皆さんを送り出すことは私たち教職員にとって大きな喜びであり、教職員を代表して皆さんの新しい船出に応援のエールを送りたいと思います。

 

今年の2月初めに私は、3年前に卒業したある卒業生から次のようなメールをもらいました。

「在学中は多くのご指導を賜り、誠にありがとうございました。先生が卒業式式辞の最後に述べられた『この世界で生きるうえで、皆さんはやさしい人になってください』という言葉に支えられながら、今日まで頑張ってこられました。」

 

このメールを送ってきた卒業生はかつて学長ゼミに所属していた学生であり、卒業間際までいろんなことを語り合った仲でした。したがって、このメールは私にとって嬉しく、また勇気づけられるものでした。

学長ゼミというのは、私が2019年から7年間に渡って続けてきた自主ゼミです。毎週水曜日の午後に図書館2階の学習室で7、8名の学生と一緒に本を読み、議論を続けてきました。最近では、エマニュエル・トッドの『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』、E. H. カーの『歴史とは何か』といった人類学や歴史学の本も読んでいますが、『これからの「正義」の話をしよう』に代表される政治哲学者マイケル・サンデルの一連の著書が学長ゼミのテキストの定番だったような気がします。これらの本を一緒に読みながら、望ましい社会とは何か、本来大学はどうあるべきか、そして社会に生きるうえで私たちが直面する様々な問題をめぐって学生諸君と熱心に議論したことがまるで昨日のように思い出されます。

 

この学長ゼミが主体となって4年前から1月末に、学生、卒業生、市民、高校生など誰でも自由に参加し発言できる、年に一度のオープンゼミを開催するようになりました。第1回目は「格差を考える」を共通テーマとしたのですが、ここ3年間は連続して、1937年に出版された吉野源三郎の著書からインスピレーションを得て「君たちはどう生きるか」を共通のテーマとしてきました。学生・若者世代を代表する3、4名が「私たちはどう生きるか」を報告し、卒業生・シニア世代を代表する3名が「私たちはこう生きてきた」をそれぞれ報告し、それらの報告をめぐって参加者全員で議論するというものです。今年は7名の報告者に対して80名もの参加者があり、それはまことに自由でにぎやかなゼミナールとなりました。

 

私は学長として、本学を巣立とうとする皆さん全員が充実した生活のなかで幸福な人生を歩むことを強く願っています。そう願うがゆえに、皆さんには、この卒業という人生の節目に当たって、オープンゼミの報告の当事者になった気持ちで、「私はどう生きるか」を真剣に考えていただきたい。こうした思索をしっかりとやっておくのとおかないのとでは、卒業後の皆さんの人生の歩み方、ひいては皆さんの人生の幸福度に大きな違いが出てくると考えるからです。

 

「幸福とは何か」「いかによく生きるか」を最大のテーマとした古典としてアリストテレスの『ニコマコス倫理学』があります。本書は10巻の巻物で構成されており、史上初の体系的な倫理学の本と言われています。そこでアリストテレスは、「人間にとっての善とは徳に基づく魂の活動であり、人生の究極の目的はよく生きることである」と述べています。

このアリストテレスの幸福論の特徴を述べますと、第1に、前半生で徳を身につけ、それに基づいて成熟した年代の人生をすぐれた活動をつづけて生きることが幸福であると考えられています。第2に、この幸福の説明は幸福を、あくまでも徳の主導権の側から見ています。つまり運や財産や地位や生まれが幸福を決めるとは考えていません。したがって、人生の戦略は、地道な徳の学びからしかスタートできないというのがアリストテレスの主張の核心となります。

 

私は、これらの点こそがアリストテレス倫理学を現代にまで生き残らせた最大の魅力であると考えています。生まれつき大きな差がついている財力や家柄、あるいは幸運や結果的成功が幸福にとって最も大事な鍵であると考えず、また快楽にあふれていてもつまらないことやばかげたから騒ぎで一生を送ることを幸福とみなさず、自分の真っ当な努力で得た徳のみが人の真の価値と真の幸福の両方を決める、と考えているのです。

このアリストテレスの幸福論の特徴を聞き、皆さんのなかには、TKU進一層表彰式などで私が繰り返し述べてきた「大学での活動において大切なのは、小さな努力で大きな成果を求めることではなく、大きな努力を重ね、その中で小さな成果を積み上げていくことです」という言葉を思い出している人がいるかもしれません。また、体育会に所属しスポーツで活躍してきた皆さんのなかには、「たくましい教養人を目指してください」という私のメッセージを思い出している人がいるかもしれません。

 

私は機会あるたびに、スポーツを通して、自らを律して行動できる自己管理力、他者と協調・協働して行動できるチームワークの精神、自己の良心と社会の規範やルールに従って行動できる倫理観を身につけてほしいと訴えてきました。さらに、文武両道を狭い意味での「学業とスポーツの両立」に閉じ込めるのではなく、積極的に読書をし、ものを考える生活をつづけていってほしいと訴えてきました。

改めて、ここに在席されている本学を卒業される皆さん全員に申し上げます。

「小さな努力で大きな成果」を得る生き方よりも「大きな努力で、小さな成果」を得る生き方を自らの意思で選んでください。そのことは皆さんの心を安定させ、自信を深め、持続可能性が高い幸福な人生につながるのみならず、ひいては健全な社会の維持に貢献します。

 

また、このAIの時代にあっても、読書が持つ意義をけっして軽視してはいけません。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という題名の三宅香帆さんの新書がベストセラーとなっていることが示すように、仕事に追われる現代社会において読書の時間を持つことは難しくなっていることを私はじゅうぶん承知しています。しかし、詩人・長田弘さんは著書『読書からはじまる』のなかで、「人は読書する生き物です。人をして人たらしめてきたのは、つねに読書でした。人の不確かな人生に読書がもたらすものは存在の感覚であり、また存在の痕跡です。」と述べています。私もそのように思っており、読書の習慣こそ、アリストテレスが言うところの魂の活動を活性化させ、心の豊かさや人徳や品格を高める最上の方法であり、皆さんの幸福な人生にとって不可欠な習慣だと確信しています。

 

私はこの3月末でもって8年間務めた学長職を退任し、29年間勤めた東京経済大学を退職することになります。このように皆さんと一緒に本学を去ることになるのですが、去るに当たって、皆さんにお願いがあります。それは、どうか本学の卒業生であることを誇りに思って過ごしてください、と言う願いです。

 

皆さんは、4年前の入学式での私の式辞の内容を覚えているでしょうか。私はそこでおよそ次のように述べました。

本学は1900年に赤坂葵町に創設された大倉商業学校を淵源としており、今年で創立122周年を迎える伝統校です。しかし、本学の今日までの歩みはけっして順風満帆なものではありませんでした。とりわけ、19455月の米軍の爆撃による赤坂校舎の焼失から、財閥解体に伴う創立者大倉家の支援喪失、1946年の敗戦の混乱のなかでの国分寺への移転、そして大学への昇格に至る4年間は、本学の歴史のなかでも最も苦しい時期でした。

私は4年前の皆さんに向かって、新入生の皆さんも本学にはこのような苦しい時期があったこと、そしてこの苦しい時期を教職員と学生、そして卒業生の一致団結した献身的努力によって乗り越えてきたことを覚えておいてほしい、と訴えました。そして、19494月に東京経済大学として新しいスタートを切って以来、本学は他のどの大学よりも「大学らしい大学」となることを目標に今日までやってきました、と宣言しました。

 

私たち教職員は全員、この「大学らしい大学」と言う言葉を導きの糸として、学生の皆さん一人ひとりに対して丁寧に向き合ってきました。本学は規模こそさほど大きくはありませんが、私が知る限り、これほど真摯に学生に向き合い、丁寧な教育をし、温かな学生支援を行っている大学はなかなかありません。まことに素晴らしい大学です。どうかこのことを誇りに思い、いつまでも胸に刻んでおいてください。

 

式辞を終える前にもう一度皆さんにお願いします。

皆さんを待ち受ける仕事を心から好きになり、精魂を込めて打ち込んでください。明るく前向きで建設的な人間でいてください。感謝の気持ちを忘れることなく皆と協調的に生きてください。善意に満ち、思いやりがあり、やさしい心を持ちつづけてください。足るを知り、利己的でなく、「生きとし生けるものとの共存」をつねに意識した生活を心がけてください。

皆さんがこのような人間になることを今世界は切実に求めています。私たち教職員は皆さん全員の幸せを心から願っています。母校をいつまでも誇りに思い、時には訪問してください。東京経済大学はいつでも皆さんの訪問を歓迎いたします。

 

2026323日 東京経済大学学長 岡本英男