新入生の皆さん、東京経済大学へのご入学、誠におめでとうございます。ご家族並びに関係者の皆様におかれましても、本日の晴れの日をお迎えになりましたこと、心よりお祝い申し上げます。
新入生の皆さんが本学においてこれから歩まれる四年間は、高校までの学びとは大きく趣を異にいたします。大学においては、自らの意思と責任のもとに学問を選び取り、主体的に探究を重ねていくことが求められます。正解の与えられた問いに答えるのではなく、自ら問いを立て、考え抜き、議論し、検証していく営みこそが大学の学びです。どうか知的好奇心を存分に発揮し、自らの可能性を大きく伸ばしていただきたいと願っております。
私からの式辞におきまして、入学式に相応しい話として、3つのことを申し上げたいと存じます。第一は、本学の創設者大倉喜八郎氏に関わることです。第二は、本学の特徴である「社会科学の総合大学」についてお話ししたいと存じます。第三は、「社会科学の総合大学」としての特徴を有する本学に入学されて、力を入れていただきたいことを述べます。
東京経済大学は、1900年に、実業家・大倉喜八郎氏により創設された大倉商業学校をその起源とし、126年にわたる歴史と伝統を刻んでまいりました。その精神を象徴する言葉が、建学の精神「進一層」です。困難に直面しても決して立ち止まることなく、さらに一歩を踏み出し、自らの力で道を切り拓いていく、その強い意志を表す言葉です。他方で、大倉喜八郎氏は「退一歩」という姿勢にも言及しています。物事を進めるにあたり、常に自己を省みて、冷静に状況を見極める慎重さもまた重要であるという教えです。しかし、熟慮を尽くしたうえでなお困難に向き合うときには、未来を信じて前進する決断こそが、新たな道を開く原動力となります。「現代は須らく『進一層』で行かなければならない」という大倉喜八郎氏の言葉は、変化の激しい今日にあって、いよいよ重みを増しています。その精神を今に伝える象徴として、本キャンパスの進一層館の前には、大倉喜八郎氏の銅像が建っています。
現在において、本学は、経済学部、経営学部、コミュニケーション学部、現代法学部の四学部を擁する「社会科学の総合大学」として歩みを進めています。同時に異なるアプローチで世の中の現象を解明する人文科学・自然科学が全学共通教育センターから提供されています。社会科学の総合大学として、多角的な視点から社会を捉える教育を展開しています。専門分野を深く学ぶと同時に、社会の諸課題を複眼的に考察する力を養っています。
すでに述べましたように、本学の創設者・大倉喜八郎氏は、明治という激動の時代にあって、日本が国際社会において真に自立するためには、「諸外国の商人と対等に競争し得る人物」を育てなければならないと強く説きました。そこに込められていたのは、単なる商取引のノウハウだけではなく、世界の動向を見通す洞察力と、信義を重んじる人格、そして実践の場で力を発揮する行動力です。
さて、「社会科学」は、文字どおり「社会」を学ぶ学問です。それでは、「社会」とは何を意味するのでしょうか。それは、単に人々が集まっている状態を指すのではありません。
第一に、社会は人と人との関係によって成り立っています。家族、友人、企業、地域、国家といった多様な集団や組織の中で、私たちは常に他者との関係の中にあります。そこでは協力や連帯が生まれる一方で、対立や競争も避けがたく存在します。個人は、関係性の中で意味を与えられ、アイデンティティもまた社会的文脈の中で構築されます。
第二に、社会には、市場や法、制度が存在します。これらは、長い歴史の中で形成され、社会の安定や秩序を支える枠組みとして機能しています。制度は私たちの行動や選択を方向づけ、可能性と許容性を規定します。同時に、制度は固定的なものではなく、社会の変化や人々の要求によって修正・改革されます。私たちは制度に従う存在であると同時に、それを担い、時に変革していく主体でもあります。
第三に、規範や価値が社会に息づいています。道徳や宗教的信念、倫理観は、私たちの判断や行為の基準となります。規範は明文化された法だけでなく、慣習や暗黙の了解としても存在し、人々の内面に内在化されます。その結果、私たちは外的な強制がなくとも、自らの行為を律し、他者との調和を図ります。価値の共有は社会統合の基盤であると同時に、異なる価値観の衝突が社会変動を促す契機ともなります。
第四に、階層や権力関係、経済システムといった構造があります。これらの構造は、私たちの生活条件や機会の分配に大きな影響を及ぼします。構造は目に見えにくいため、その働きを自覚的に捉えることによってこそ、社会のあり方を批判的に検討する視座が開かれます。社会を理解するとは、こうした構造の重層的連関を把握することです。
このように考えると、社会は決して同質的な個人の集合ではありません。多様な価値観、異なる経験もつ人々が共に存在する、異質性に富んだ人間の連関の場です。
皆さんには、社会を外側から眺めるのではなく、その一員として深く問い、考え、そして未来を切り拓く存在となっていただきたいと願っております。社会を理解することは、社会を変革する力を得ることでもあります。その歩みを、ここから始めてください。
最後に、「社会科学の総合大学」としての特徴を有する本学に入学された皆さんに、最も力を入れていただきたいことを述べます。
本学の学びの大きな特長は、「ゼミする東経大」に象徴される少人数制のゼミ教育にあります。少人数であるからこそ実現できる、濃密で対話的な学び、それが本学の教育の中核を成しております。皆さんの中には、高校において課題探究学習に取り組み、自ら問いを立て、調査し、発表する経験をされた方も多いことでしょう。本学のゼミは、そのような経験を学生諸君の間で共有し、さらに深く、さらに高い次元へと課題探究を導く場であります。専門分野における高度な知識の修得を基盤としつつ、課題探究を通じて本質を見極める力を養い、さらに課題解決へと結びつける実践的思考力の涵養を重視しております。複雑化・高度化する現代社会の諸課題に対し、理論と実践の双方に裏打ちされた解決の方途を主体的に構想し得る人材の育成を目指しております。
ゼミでは、単に知識を受け取るのではなく、自ら問いを探究し、その問いに対して多角的に思索を重ねます。文献を精読し、データを分析し、現実社会の動きを踏まえながら、仮説を立て、検証し、議論を深めていきます。そして、課題を発見する力にとどまらず、その解決に向けて構想力と実践力を磨いていきます。教員は導き手であり、同時に共に考える伴走者でもあります。仲間との真摯な討論の積み重ねが、思考を研ぎ澄まし、自らの立場を言葉として確立する力を育みます。
ところで、国分寺に広がるキャンパスは、都心に近接しながらも、武蔵野の面影を色濃く残す緑豊かな環境にあります。四季折々に表情を変える自然の中で、皆さんは思索を深め、友情を育み、自らの可能性を広げていくことになります。静かな図書館で書物と向き合う時間、教室での白熱した議論、キャンパスの木立の下で交わす語らい、その一つひとつが、かけがえのない経験となります。 ここで出会う教員や友人は、知識を共有する存在であると同時に、価値観を問い直し、視野を広げてくれる大切な存在です。異なる意見に出会い、ときに葛藤しながらも理解を深めていく経験は、社会に出てからも皆さんを支える力となります。社会とは多様な人々の連関によって成り立つものであり、その縮図がこのキャンパスにあります。
どうか本学の126年に及ぶ歴史と建学の精神を胸に刻み、「進一層」の志をもって、自らの学びと人生を力強く切り拓いてください。知識を得ることに満足するのではなく、それを社会の中でいかに生かすかを問い続ける姿勢を忘れないでいただきたいと思います。
皆さんの四年間が、学問的にも人間的にも大きく成長する実り豊かな歳月となりますことを、心より祈念申し上げ、式辞といたします。
2026年4月1日 東京経済大学学長 小川英治