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世代を超えて語り合う
国分寺学派オープンゼミ
「君たちはどう生きるか」

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2024年2月3日(土)、世代を超えた約50名が岡本英男学長の呼びかけに応じ、東京経済大学国分寺キャンパスで開かれた「国分寺学派 オープンゼミ」に集った。
「国分寺学派」は、私たちの日常の具体的な課題を市民のみなさんと交流しながら一体となって考え抜き、国分寺を起点として世界に発信していく取組のこと。
この国分寺学派の考えのもと、岡本学長と学生が自由に議論し学びあう場「学長ゼミ」が主体となり、年に一度、学生・卒業生・教職員・市民のみなさんが集い、自由に議論し合える場として2022年度より「オープンゼミ」を開催している。
「君たちはどう生きるか」。今回のテーマは昨年話題になったスタジオ・ジブリの映画、そして吉野源三郎氏の原書『君たちはどう生きるか』の内容に共感したもので、在学生からシニア世代まで6名が自分たちの人生のこれまでとこれからを語り、報告終了後は、懇親会を通じて参加者のみなさんとも自由に語り合う場が設けられた。

 

第一部「私たちはどう生きるか」

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矢野新大さん
(現代法学部4年)

「当たり前のことを、いつでも当たり前のようにできる」こと

私は、ふたつのことを大切にして生きたいと考えている。
ひとつは、自分に誠実に生きること、ふたつ目は、向上心を持ち続けること。このふたつに共通することは、「当たり前のことを、いつでも当たり前のようにできる」ことであると考えている。
今年度、学長ゼミでゼミ長を務め、E.H.カーの『歴史とは何か』に取組んだが、この本は歴史哲学において非常に重要な本で、歴史とは何か、過去というものに私たちはどう向き合うべきなのか、未来は過去と現在と向き合った延長線上にあるものであるなど、この本を元に学長ゼミに参加する者同士討論することで様々なことを考えるきっかけになった。
人間関係を築くことに自信がなく物事をマイナスにとらえがちだった幼少期を経て、高校時代、人間関係の悩みを父親に打ち明けたことで、人との信頼関係はお金では手に入らないものだと気づいた。
大学ではアルバイトを通じて「誠実さ」を学んだので、これからも自分の不得手を理解し接してくれる周囲の人の話に耳を傾け成長したい。

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中田雄大さん
(現代法学部2年)

「知に泳ぐマグロ」でありたい

ひとつ目は、表現を大切に生きたいということ。中学時代から視力が低下し、今現在は、ほとんど見えず、点字や読み上げソフトを使用して生活している。文脈を理解しないと言葉の意味が分からない「点字」の特性から、行間から情景や世界観を想像し詳しく捉えることができるようになった。
これからは、今までの経験に基づき、意味や意図に注目する習慣を伸ばしつつ、語彙を増やしより世界を緻密に捉えて表現したい。 ふたつ目は、文化や体験との出会いを大切に生きるということ。自分の成長を振り返えると、さまざまなコンテンツに出合い、それらに感情移入したことで成長できた。趣味を探究し続けると、好奇心が高まってさまざまな事象との距離感がぐっと縮まり、それらを自分ごととして捉えられるようになるのだと思う。
最後に、考えながら生きることを大切にしたい。興味関心は、広がり続けていくだけではダメで、上手く集約して現実にどう落とし込むかを見極め、自分の社会の中での立ち位置を考えていくことが大切だと考える。
自分にキャッチコピーをつけるとしたら「知に泳ぐマグロ」。マグロのように、色々な環境に繰り出しながら考え続けていきたい。

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鈴木幸大さん
(経済学研究科修士課程2年)

「Noblesse Oblige」恵まれた分、
利他的に生きる

どう生きるかを一言でいうと「Noblesse Oblige」(ノブレス オブリージュ)。自分が恵まれていると思える瞬間こそ、人は、利他的に生きるべきだと思う。
具体的にどう生きていくかと問われれば、ロジカルにリリカルに、そしてフィジカルに義務を果たすように生きようと思っている。 ロジカルに研究を極め、社会的に貢献したい。研究テーマは、社会資本の持続可能性で、現代は、儲からないものをないがしろにして、儲かるものばかりに資源投資が偏っているのではないかと思っており、その格差を研究を通じて是正したい。 リリカルにというのは、作曲。HIPHOPの音楽を通じて、堅苦しく感じがちな政治や社会問題に対して人々の関心を高めることができるのではないかと思っている。
最後、フィジカルにというのは、スポーツで鍛えた身体を活かし、困っている人にさりげなく手を貸せるような人間でありたいということ。
これまでも、自分は気づいた時に自然と誰かに手を差し伸べて生きてきた。これからの人生も変わらずそうありたい。

第二部「私たちはこう生きてきた」

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阿部博紀さん
(東京経済大学科目聴講生)

人生100年時代。
自分の思いをどう次世代に繋ぐのか

繊維メーカーに42年間勤めた。世界を股にかけ仕事をするという夢も実現し、成長を遂げた勤め先の礎を築いた一人であると自負している。
幼少の頃より多感で好奇心旺盛、多趣味だったため、何か問題が起こっても乗り越え元気でやってこられた。
退職後、はじめて挫折を味わった。若い方たちのお手伝いをしたいと思い、64歳で僧堂に入り1年間修業したが病を発症し止む無く断念。その後、選挙年齢の引き下げに際し、知識不十分な高校生のために、政治に関する講義と討論をする活動を全七回実施。高校生に留まらず、大学生や親世代、高校教員が集まったこの取り組みは東京新聞でも毎回取り上げられた。
人生100年時代。思いもよらなかった事態が自分の身に起きているが、その最終章をどう生きるかを現在模索中。私が市民運動を通じてやりたかった、平和、反原発、貧困、移民、日本における他民族との共生など、どれも未だ解決していない。次世代の皆さんに、これらを何とかバトンタッチしたいと思っている。

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豊泉博幸さん
(東京経済大学シニア大学院生)

変わりゆく初等教育を問い続ける

公立小学校で正規の教員を経て、現在も週1回講師をしている。今と昔を比較しても、教員としてやることは変わっていないはずなのに、昔の小学校教員は夕方4時過ぎには皆帰っていた。
現在は、統計を見ると総労働時間数は減っているが、拘束時間が長くなっている。昔は、労働組合の力も強く超過勤務を行わせない旨の申し入れをしていたこともあり教員たちは守られていた。
現代では、プール指導や道徳や英語授業の導入、タブレット端末を使用した学習など小学校教育の現場は大きく変わった。
他にも変わったもののひとつとして、卒業式・入学式における日の丸・君が代があげられる。戦後、民主教育の始まりにおいて、「二度と戦争をしない」「日本国憲法で平和を守り抜く」という深い意味を込めて三学期になると学校教育の現場でこの問題について議論がなされていた。今は、完全に過去のこととしてこの季節になっても話題にすらならず、忘却の彼方に飛んで行ってしまった感がある。日の丸・君が代が持つ意味「平和への誓い」を顧みることなく、学校教育において戦争と平和についての議論を途絶えさせるのは問題なのではないかと思っている。

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小笠原征夫さん
(東京経済大学1961年卒業)

企業は人なり、人は心、心は愛情

地方銀行で、部長や支店長を歴任した。銀行で様々な経験を積んだ後、メーカーへ出向し店頭公開を担当し結果を出たことから、出向先に引き留められたことがあった。これまでの職業人生から、人間のつき合いこそが、人を高め人生を豊かにすると考え、より多くの出会いが得られる銀行へ戻ることを選んだ。
自身の企業人としての原点は何かと問われると、「企業は人なり」とはよく言われることだが、人というのは心、心は愛情、地域の人たち、行員たちを全力で愛することが業績を伸ばす絶対条件だと思う。そしてこれは、人生全体に言える言葉でもある。
後に、支店長時代に受けたビジネス誌の取材をきっかけに銀行の上役の目に留まり、結果的に関連会社の2社の社長を務め、その後民間の一般会社でも役職を務めることとなった。今振り返ってみると、自身の想像を超える順風満帆な職業人生であったと思う。それらはすべて、人は心、のおかげだと思っている。